「おい…国光。国光!」

「あぁ…何だビリーか…。何の用だ?」

「用って程じゃないけど…何だか、心此処に在らずって感じだな」

「…そうだろうか?」

「あぁ。恋人の事でも考えてるのか?」

「…まぁな」


恋人の事…といえば確かに嘘ではない。

考えていたというよりは、夢に出てきた恋人の台詞にうなされていた…が正しいが。


「でも、本当に置いてくるなんてな〜。その子、心配してんじゃないか?」


ビリーはアメリカで出来た友人で、何でも話せるような人柄だった。

だから、リョーマという同性の恋人の事を話した。

意外にもあっさりと俺の趣向を受け入れてくれたビリーに、やはりアメリカの方が認識が広いな…と思った。


「心配…というより恨んでいると思う。渡米の事を何も話さずに来たからな…」

「へぇ…そりゃ恨まれるわ。つーかよくそんな選択が出来たな?」

「…俺の人生を、アイツにまで押し付けたくないからな」

「さっすが♪国光は大人だね〜」


そう言うビリーこそ、実年齢は俺よりも年上の22歳だ。

テニスプレーヤー養成所で知り合った頃は、この砕けた人柄に尊敬すらした。


「ビリーは?以前、恋人が居ると言っていただろ?」


余計な詮索は好まないから、その時は訊かなかったが…自分だけベラベラ話すのも気が引けた。


「あぁ…。俺もゲイなんだよね、実は。2つ下の男でさぁ、今は遠恋中」

「そうだったのか…。やはり、逢えないと不安か…?」

「クス…、そんな事を言うって事は、国光は不安なんだな」


揚げ足を取られた形で、俺は面を食らった。


「まぁ、な…。アイツは俺の事を想ってないだろうが…」

「そうか?恨みでも愛しさでも、想われれば満足じゃねぇ?」

「…恨みは嫌だな」

「はは、お前は正直だよ」


ケタケタと笑うビリーに、俺は質問を誤魔化された事に気付いた。


「…で?どうなんだ?」

「ちっ、流石に国光は誤魔化されないか。…う〜ん、そりゃ不安になる時はあるよ」


何て言っても、女と違って性欲があるからね、男は。そう言ったビリーの言葉は、妙に胸に残った。


「…そうだな。しかも、相手がモテるから余計に心配だ…」

「あ〜、分かる分かる。他の奴に喰われちまいそ〜って感じ?」

「あぁ、何分、敵が多いものだからな…」


溜め息を吐いた俺に、ビリーは苦笑を洩らした。


「そんな大事な子じゃ、何も言わずに去ったのは辛かったな」

「…まあな。たまに後悔する時がある」

「でも『自分の人生を相手に押し付けたくない』…だろ?」

「あぁ」


最近では何でも解り合えるようになり、ダブルスもたまに組むようになった。

ビリーは、青学の仲間達とは違う何かがあった。

…今まで、自分が他の人間を誘導しなければいけない立場だったが、ビリーは違う。

年齢こそは違うが、同等の目を持って話す事が出来る人物だ。

だからこそ、これ以上に頼もしい事はない。


「ところで、また一杯行かないか?」

「…また抜け出すのか?構わんが、俺が未成年だという事を覚えておけよ」

「…はは、そうだったな。お前、全然そういう風に見えねーから…」

「全く…」

「そう拗ねんなって!お兄さんが飯を奢ってやろう!」

「高くつくぞ」

「了解!…って、お前何を食うつもりだよ!?」

「さぁな、財布の心配はしといた方がいいぞ」


後方から追いかけるように走ってくるビリーを見ながら、少し安心をした。

此処には、新しい『仲間』が居る。

友人も、テニスを通じて出来た。

充実した生活だし…何も不満などはない。

一つ足りない物があるとしたら…


「リョーマ…」


何故、この判断を選んだのか?

…一番正しい選択だったからだ。

何故、自分は後悔しているのか?

…リョーマが、居ないからだ…


「愛しているぞ…」


キキキィィィ…!!!!!


車のブレーキ音に消された、愛の言葉。

次の瞬間、飛んだ俺の身体…。


「国光ーーー!?!」


遠くから聞こえるビリーの声を、俺は目を閉じて聞いていた…。